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6. 首長選の政党相乗りについて。
 なぜ中央政界で対立している諸政党が地方の首長選になると相乗りするのか、という質問を、民主党の国会議員(主にメルマガを発行している方々)にメールで送った。自分は相乗りには反対だ、相手が非常に強くて民主党内も割れている、などのお答えをいただいた。ある人は、「民主党のモデル自治体」を作って、民主党政権のイメージの現実化を図らなければならないとの意見をいただいた。返事を下さった皆様に感謝したい。
 地方自治体独自の政治構造というのもあるだろう。議員立法や予算修正はほとんど皆無、大統領的首長と配下の官僚がほとんどの政策を立案運用する。議会で多数を取っていない政党が首長に反抗して勝てばいいものの、敗れれば完全に政治から干されてしまう。そこへもってきて首長選は関心が薄く、少数政党の基礎票だけでは多数党の基礎票に及ばない。国民の関心が地方自治体独自の政治構造に興味を持ってくれないと、首長選の与野党相乗りは仕方ないところなのだろうか。
 我々に身近な地方政治であるが、我々は役所で邪険な振る舞いを受けた仕返しは地方議員に託すものである。地方議員はとりあえず政府のチェック機能を果たす。極端にいえば、地方議員は裏の方で地方官僚に陳情を出したり知恵を貸したり脅しすかして政策に手を入れさせたりはできる。しかし、政策の根幹は首長が作った基本計画に既に書かれており、ほとんど動かすことはできない。予算も基本計画に則した予算編成が主で、正攻法で行くなら地方議員は予算に賛成する機能しか持たない。
 国民は理性的で利己的ゆえに、地方政治は裏で操っているように見える。得をしている人はしっかり得をしているということなのか。

7.東京21区補選について(コラムの時は「だである」調である)。
 「川田氏有利」のアナウンスにより無党派層や各政党支持層の「勝ち馬投票」が川田氏に行ったのがかなり大きいと思われる。
 無党派・民主党・社民党・共産党支持の間を動き回る「(造語)真性左派層」は川田氏・工藤氏・棄権に分散したと思われる。菅プロパーがこれに含まれる。
 共産党支持層は(一部「隠れ無党派層」となりつつ)川田氏に投票したと思われる。しかし、一部は工藤氏に投票し、共産党プロパーは意外に少ない(真性左派で一時的な共産党支持者が多い)と思われる。棄権は少ないと思われる。
 自民党の徹底した選挙戦略により、勝ち馬投票を除いてほぼ全ての自民党支持者が棄権せずに加藤氏に投票し、さらに民主党や自由党から少なからぬ支持者を奪還した可能性がある。しかしそれ以前の段階で支持者を奪われ過ぎていて、基礎票が足らなかった。
 民主党支持者のうち、プロパーは長島氏に、無党派・真性左派で一時的な民主党支持者は川田氏・工藤氏に投票、または棄権した。旧民社系がほとんど棄権したのではないか。
 公明党支持者は(一部「隠れ無党派層」となりつつ)加藤氏に投票したが、棄権した人も多い。組織として動かなかったのではないか。加藤氏の敗因の一つであろう。
自由党支持者は、なぜか「隠れ無党派層」となって長島氏に投票した人もいたが、加藤氏に投票した一部を除き、おおかた棄権したのだろう。
 社民党支持者はほとんど棄権せずに工藤氏に投票したと思われる。
 長島氏は自分の政策を述べる機会が無く(難解だから?)民主党の主張を繰り返したにとどまったのが、民主の不人気をもろに喰った原因ではないか。

8. 経済を重要視しすぎると国家はどこかに消えていくことについて
 http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt33/20001023eimi071323.htmlは、日本経済新聞の連載「教育を問う」の最初の段である。日本経済新聞は過去に「司法 経済は問う」という連載をやったことがある。この新聞社はどこかに「経済中心主義、経済無謬主義」発想があって、経済が良ければ後は野となれ山となれとでも考えているのではないかと思いたくなる。
 「社内の10人に1人は外国人にしたい」と号令する社長、日本の教育システムが送り出す人材は「単なるコスト」と映る経営者。彼らにとって「日本」なんてどうでもいいことなのであろうし、会社が儲かるのなら当然のように売国もするであろう。彼らは私人であるから国民から糾弾されないし、情報公開もされない。しかし日本を栄えるも滅ぼすも彼らの仕業になる率が高い。政治を語り、政治に何かを期待する私も、日本経済新聞のこの記事を読んで暗澹とした気持ちになった。
 日本の「経済人」は日本を捨てて華僑やユダヤ人のような「国際人」になりたいのであろうか。でも、華僑には中国という拠り所、ユダヤ人にはユダヤ教とイスラエルの地という拠り所があり、彼らはその拠り所を大切にしていることを日本の「経済人」は忘れている。自分の拠り所あっての「グローバル・スタンダード」であり、世界を股に掛ける資産運用があるのだし、多国籍企業があるのである。
 「経済人」が日本に幅を利かせているから、政治の世界でも経済の話が多くなった。「経済人」が日本を軽視しているから、日本の教育や日本の国益が政治の重要課題として上らなくなった。今度は、「経済人」が日本を捨てたおかげで、日本はユダヤの国のように国土を奪われ、日本人は迫害されて放浪することになるのかも知れない。

9. 勝手に便乗、国民再教育について
 前段で日本経済新聞及び日本の「経済人」について辛辣に書きすぎた嫌いがある。日本経済新聞は「経済の観点から日本の教育をどう考えるか」について一論点を与えているに過ぎないのだから、そんなに目くじらを立てなくてもいいのではないか、という感じもする。で、私は便乗して日本の教育についてこの際論じてしまおう。
 今の世の中、語学とコンピューターに代表されるサイエンスに関する知識さえあれば就職できる。あと、数学を知っていれば経済・金融で活躍できる。法律を暗記していれば文系科目は充分である。結局、我々日本人は老若男女全員、これらのことを再教育してもらわないと困る。働いている人も、週に一度は仕事を休んで語学・サイエンス・経済金融数学・法律の4科目を履修できるようなシステムが欲しい。これらの教育が必要なのは若い人だけではない、日本人全員、管理職だろうが主婦だろうが政治家だろうが隠居した人だろうが、皆必要である。彼らは「私に教育?ふざけるな!」とおっしゃるだろうけれど、実際必要なのだから、これがないと世界から生存許可をもらえない仕組みを作られそうなのだから仕方がない。
 それと、できれば今の4科目に加えて「日本論・日本政治論」を国民全員に再教育して欲しい。日本人とは何か・政治とは何か・自由とは何かとかいう、政治に関する知識が日本人には足りないような気がする。自由を所与のものだと思ったり、権利と義務は一緒に存在することを知らなかったりする人が日本経済の上部にいたりしないか。心配である。
 でも、「日本論・日本人論」のテキストは難しいだろう。もっと我々がイデオロギーにとらわれずに政治や日本について議論を尽くしていかないと、テキストに政治的思惑があったり、昔の全体主義の教科書になったりしてしまうから。


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