[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック


266.平凡な年、個人が陥る偶然からの「1人死亡」について。
 2006年は平凡な年であった。ある国の議員選挙で与党が負けて、ある国の政治的最高責任者が交代し、ある国が地下核実験を行った。2007年も平凡な年になるだろう。どこかの国の議員選挙で番狂わせがあり、どこかの国の政治的最高責任者が交代し、どこかの国が世界的に迷惑な事をして世界が後始末に奔走するくらいのことはあるだろう。偶然かつ突発的な事件が重なって、初めて大惨事が起こるが、2006年の事件はほぼ必然的に誰かが意図して行われたものばかりであった。2007年の偶然については予想できるはずがない。
 平凡な年だから、偶然が大惨事を起こすから、こういう年こそ、皆様大事な幸福を奪われないように、細心の注意をお願いしたい。
 「交通事故で1人死亡」「地震・台風・火事等で1人死亡」「感染症で1人死亡」この「1人」になってはいけない。 平凡な年には「1人死亡」という事件は一般人はすぐに忘れてしまうが、当事者や縁者にとっては後々に響く痛恨事である。この年に一般人にとって楽しい年だったとしても、それは慰みになるのだろうか。
 「ワーキング・プア」、働いても暮らしていけず、自殺して「1人死亡」となる恐怖がある。まだ大部分の人々は働いて暮らしていけるであろう。しかし、世界や政治が大変なことになる前に、ふとした偶然が重なって、ひとりひとりの幸福が消滅する恐怖がある。


267.政治家から見た私のホームページの選挙データについて。
 私のホームページの選挙データを見てますか、とある政治家に聴いたら「データが見にくいし、誤字があるし、このデータあってるの」と、散々なご評価をいただいた。確かに罫線がないデータは見にくいし、無料ソフトで手作りしているのでデザイン的にもひどいことは私も思う。しかも、指摘どおり誤字があり、本当に失礼なことをした。また、横浜市のデータについて、別の政治家は「それは既に市から得ており、そのデータは古い」とおっしゃられたこともあった。どうも、政治家は私の選挙データは全く重宝していないことを感じた。まあ、「私のデータを載せて頂いてありがとう」と、平等に載せたデータなのにお礼をおっしゃる政治家もおられる。
 私の選挙データは、選挙管理委員会や新聞といった公なものがソースとなっている。政治家は、そんな公なものの素人の編集データには見向きもせず、政治家としての独自のルートで得た「自分だけの情報」を使っているのではないか、と想像する。確かに、政治家にとっては「○区の得票数」ではなく「○区○町の得票数」という細かいデータが「票読み」として必要なのであって、そんなものは公には出てこない。政治家のデータに対する厳しい目を甘く見ていたかな、と私は思った。しかし、普通のかたがたの政治的関心を喚起するために、選挙データの収集・編集自体は続ける予定である。


268.客観的に書いたつもりの2007年統一地方選挙について。
 4月8日投票、4月22日投票の2つの統一地方選挙が終わった。
 神奈川に関しては、地方選でも自民・民主の2極化が進んだ。共産党や地域政党の神奈川ネットワーク・ネットワーク横浜が、そもそも候補者を擁立できない選挙区が増えた。無投票の選挙区が増え、2人区で「自民・民主」が無投票当選、という現象が今回は特に見られた。2つの「ネット」は、候補者を擁立した選挙区でも、前職や新人でも再挑戦のベテラン組が、民主の新人に敗れるケースが目立った。その一方無所属でも、普段から朝夕の駅立ちを欠かさない「体力型」の若手が健闘、そのスタイルで再選した候補者も出た。
 例年通り、「定数」と「立候補者数」とが、政策よりもなによりも大事な選挙になった。定数是正が行われた結果、無投票選挙区が増えた反面、有力現職議員やその後継者がまさかの落選を喫するケースがあった。立候補者数が少ない選挙区では、選挙準備期間が非常に短いにも関わらず、相当な票を叩き出した候補者もいた。
 神奈川に限らず、総じて現職が強かった。しかし、後半戦の市議町議選では数少ない落選者に現職の割合が多かったようにも感じる。
 神奈川以外では、東京・沖縄・北海道といった野党の票田が与党のものになっていった印象がある。投票率は前回を概ね下回り、2005年衆院選に初投票した人々がその後の責任を果たしていない。


269.改めて選挙に行くことの大切さについて。
  2005年の衆議院総選挙の投票率は67.51%で、小選挙比例代表並立制になってから最高となった。有権者の3人に2人が投票したことになり、私が思うに、投票率としては理想の数字である。周知の通り、この総選挙で自民党と公明党の与党が総議席の3分の2を獲得した。理想の投票率で与党が3分の2をとったということは、与党は日本の民意を代表し、その政策は有権者に支持されている。
 「日本は右傾化している」と言われているが、それは日本の民意がそうさせている。教育基本法の改正・国民投票法の成立も、総選挙によって民意に信任された与党が行ったものだから、「数の横暴」ではない。日本の右傾化を心配し、憲法改正を警戒する「護憲」「左派」の皆様は、まず今の政情が日本の民意がそうさせたことを肝に銘じるべきである。むしろ現在は、「護憲」「左派」は、たとえそれ自体は崇高な理念だとしても、日本の民意を得るに至らない「瑕疵」のある立場であることを認める必要があるのかもしれない。
 「選挙に行っても、政治は変わらない」とうそぶく人々は、2005年の総選挙で普段選挙に行かない人々が選挙にいった結果、日本が右傾化したことを肝に銘じるべきだ。与党を支持しても選挙に行かなかった人々がいたから以前は与党は過半数しかとれず、野党に譲歩を強いられた。改めて、選挙に行くことは大切であると思う。


270.今回の参議院選挙の投票率が低くなりそうな件について。
 今年の7月22日に参議院選挙がある。近頃の決起集会あたりに出てみると「投票日まであと2が月を切りました。もう時間はありません」などと言っているが、有権者にとっては、2ヶ月先の参議院選挙なんて随分先の話だし、第一この間選挙をやったのに、なんでまた選挙をやらなければならない、という覚めた雰囲気だ。
 統一地方選挙をやった後に参議院選挙をやる年は干支でいう「いのしし年」で、「亥年現象」というものがある。まず投票率が低くなる。前回は40%位だった。それと、自民党や保守系無所属などの地方組織が統一地方選挙で「疲れて」参議院選挙を「怠ける」ようになるので、一般的に自民党が票を落とすことになっている。
 自民党は憲法改正を争点にするらしいが、今回の参院選改選分は前回「小泉ブーム」で躍進した分なので、2005年衆院選の67%位の投票率がないと維持は厳しい。「憲法改正」はマスコミも飛びつきやすく、野党を分断させやすい「使える」争点なのだが、3年後の参院選、その前の衆院選で与党が大勝しない限り現実化しない争点なので、今回投票率を上げるタイムリーな争点とは言いがたい。
 「5000万人の消えた年金」も、わかりにくいまま野党が煽っても有権者はしらけて無視するのではないか。今回の参院選は候補者陣営は熱くても有権者にとっては「お寒い」選挙になるのだろうか。


271.元役所の窓口の人、社会保険事務所を想うことについて。
 私も某官庁の窓口の向こうで臨時職員をやっていたから、今の社会保険庁の窓口の様子がわかるような気がする。いや、私の中途半端な経験だと、かえって今の社会保険庁を誤解するのかもしれない。
 窓口の人数が少なすぎると思うし、そもそも公務員の数が少なすぎると、私は思う。今回の社会保険庁の年金番号の統一事業も、通常業務と並立して行っていただろうから、通常の人数では無理で、人数を増やさないと何十年もかかるのは当然である。社会保険庁は労働組合が強く、労働時間が短く定められていた、というが、少なくても私のいた官庁窓口では、つい最近労働時間が延長されたが、労働組合の抵抗も少なく、職員の労働組合への関心も少なかった。
 某官庁の窓口では、一定期間経過した個人情報は破棄することが法律で決められている。破棄された個人情報でしか権利関係を証明できない場合もあるが、「破棄されたので証明できません」と窓口で言うしかない。言われる方の気持ちを考えるととても言えるものではないが、言うしかない。この根源が法律であったり、命令通達、あるいは、「過去の事例」という役所的なものであったりした。
 待っていてイライラしているお客様の空気の直撃を受けて仕事をするのも大変である。2時間待ちのお客様の空気なんて想像できない。社会保険事務所のかたがたに同情し、御健闘を祈るしかない。


272.今回の参院選と2005年衆院選との比較について。
 今回の参院選の全国の投票率は58.64%である。予想では、統一地方選挙後で集票組織が動きにくいこと、政権選択の選挙ではないことなどから、投票率は40%台とも考えられたことに比べれば、まあ高いと言える。しかし、2005年衆議院総選挙の67.51%にははるかに及ばず、「選挙結果は民意が反映された」とは断言できない。
 2005年の衆議院総選挙は、マスコミが「郵政民営化」を筆頭とする小泉首相陣営の政策を多く報道し、「小泉劇場」と称された。マスコミの所為であの高投票率、あの与党圧勝が産まれたという分析もできる。今回の参議院選挙は、民主党が与党を攻める材料である「年金問題」がマスコミに連日取り上げられた、マスコミはそれに加え、失言した閣僚の言動を追い続け、各誌の選挙情勢調査も一貫して「与党大敗」とし、安倍首相の困惑顔とオーバーラップさせた。
 「参院与野党逆転」という今回の参院選の結果を演出したのは、またしてもマスコミだったのかもしれない。「年金劇場」と称されるだろうか。しかし、マスコミの力が強く及びそうな都市部で、2005年の自民党は強く、投票率の高さをフルに味方にしたが、2007年の民主党はそんなに強くなかった。民主党は2005年の大敗から郡部で力をつけており、今回の圧勝も郡部の1人区を制したのが大きかったが、都市部では2004年参院選と同程度の得票しかしていない。


273.私が沈黙し一般人が語る参院選神奈川異常事態について。
 2007年の参院選の神奈川選挙区は、投票日を過ぎてから「注目区」になった。まず、磐石の地盤を持つ松あきら氏が落選し、当選者3名が決まった。1人目の牧山弘恵氏は選挙運動に関し法規に抵触するかのような発言を行った。2人目の小林温氏は配下運動員の選挙違反逮捕起訴に連座した。3人目の水戸将史氏は選挙運動中の街宣車乗車中に事故を起こし処置に不備を残した。当選者全員が「あるいは疑惑拡大・辞職の危機」に陥るという異常事態の中、ついに小林氏が議員を辞職、松氏が繰り上げ当選することとなった。
 私は、この参議院選挙を、神奈川選挙区で、ささやかながら「手伝い」をした。吹けば飛ぶような零細運動員だが、私のことだから、知ったかぶってメルマガや2ちゃんねるに情報を書き込み、それが元で他の人にご迷惑をおかけしたら大変なので、「自粛」していた。
 2ちゃんねるには現在に至るまで、この事態に関する大量の書き込みがあるが、今まで神奈川の選挙に関する書き込みは少なかったので、「誰が書いてるんだろう」と思う。選挙関係者は私のように「自粛」しているはずだ。実は2005年総選挙では「関係者」による良質な情報が流れていた。2007年参院選では、関係者かどうかも疑わしい「○○工作員」なる人々が多かった。「たくさんの一般人」が2ちゃんねるを通じて、神奈川の選挙を動かそうとしている。


274.選挙に大勝した後、おごり高ぶるかについて。
 2005年総選挙で自民党が大勝した時の新聞に「我々はおごり高ぶることはならない、そのようでは世論の反動が怖い」という、当の自民党関係者のコメントが載った。しかし、自民党大勝の立役者である小泉純一郎氏が特に理由もなく首相を辞任し、後継に実績のない安倍晋三氏を選んだところで、自民党は「おごり高ぶった」のではないかと思う。2007年の参議院選挙を、自民党が小泉首相のままで臨んだとしたら、大臣も遠慮なく身体検査済みの実力者を選ぶことができ、年金問題も「公務員改革」に結びつけて労組がらみで野党を攻撃し、憲法改正を掲げてマスコミをペースに巻き込んで、そこそこ勝ったのではないか。今回の首相選びで、最も相応しいのは小泉前首相の再登板だったはずだが、福田康夫氏が首相となった。
 そこで、参院選に大勝した民主党であるが、自民党が示したような「おごり高ぶれば世論の反動が怖い」という声を聴かない。
 早速、民主党はテロ特措法の延長に反対の姿勢をとっている。どうも「おごり高ぶっている」ように思う。テロ特措法は参院選の争点ではない。世論にとっては「唐突」に見え、「また民主党は何でも反対か」とも思われる。正直同法の是非は軍事外交情報不足で判断が難しい。民主党はここは「多数におごり高ぶらない」として態度を改め、ここはアメリカの政権交代を待っても遅くないと思う。


275.佐藤謙一郎先生は議員を目指すのをやめた、ことについて。
 佐藤謙一郎先生が、次期衆議院選挙に出馬しないことを発表した。
 三国志の「劉備玄徳」そのままの人である。佐藤謙一郎先生を慕って、各界の専門家や第一人者、さまざまな市民運動・社会活動を行っている人々が集まる。漫画の台詞だが「佐藤先生なら、きっとなんとかしてくれる」感じである。「西郷隆盛」にも少し似ている。
 「無欲」の人だが、「無私」の人ではない。「劉備玄徳」の使命を果たすための、世俗の地位を必要としない人である。反面、どんな細かいことにも高い理想と要求を持ち、そうは譲らない人である。
 これで、佐藤謙一郎先生は、総理大臣になることはない。劉備玄徳や西郷隆盛が天下を取れなかったことと同様である。天下を取って欲しいと願う人物が天下を取れないのは残念だ。しかし、この手の人々は最初から天下を取れないような運命があるような気もする。
 佐藤謙一郎先生は「新党さきがけ」の結党に参加し、中田宏氏を横浜市長にした。しかし、公共事業問題・環境問題などのライフワーク的な活動においては、議連の事務局長を務めるなど精力的に動いたものの、問題の解決には至らなかった。それでも、佐藤先生の元にはこれからも人々が集うだろう。集った人々同士が、学びあい、協力しあいながら、問題解決に向けて一歩一歩努力する、それを佐藤先生が見守る。これが「佐藤謙一郎流」の政治なのだろう。


276.民主党がひとつのヤマを越えたことについて。
 民主党の重鎮、藤井裕久氏は「民主党は謙虚であれ」とおっしゃっていた。私はメールマガジンで「民主党はおごり高ぶっている」と書いている時期である。わかる人はわかるのだな、と私は思った。
 藤井裕久氏は小沢一郎民主党党首の側近中の側近である。私は藤井氏の講演を聴く機会があったのだが、藤井氏は「これからの民主党は参院で優位に立つ責任政党として、国民の見ている前で与党と政策論議をする、密室での決定は認めない」ともおっしゃっていた。
 残念ながら、藤井氏の発言は現在、幻になっている。年齢ゆえに引退が迫っている藤井氏の、小沢氏の第一側近としての「願い」ととらえるべき言葉は、小沢代表により反故にされているようだ。
 「妄想」以上の空論である大連立構想を本気に議題にして党首会談に出向いていった人。この人は昔なら、自分の意見に反対する人々は容赦なく切り捨てていったものだが、今回は反対意見を居れて、さらに空気を読んで代表を辞任した。「テロ特措法反対の民主党方針に反対する党員は離党を勧告する」と言い放って以来の「殿御乱心」ぶりも、これからの民主党を良くする為の「自爆テロ」の序章だったのだろうか。「おごり高ぶり」もヤマを越えたかもしれない。
 民主党は衆議院で圧倒的少数、参議院で過半数。なぜそうなったのかを理解している人が、次の代表になればよい。経緯は問わない。


277.小沢さんのおかげで再びメルマガを書くことについて。
 小沢一郎民主党代表が代表の辞任を撤回して、結局民主党代表は小沢氏だった、ということで、「しぶしぶ」メールマガジンを書く。
 私のメールマガジンの発行間隔だと、何ヶ月間も民主党代表がいないままになってしまうので、それも「なんだな」と思ったのだ。
 しかし、この問題については私にはネタがない。あらゆるメディアにおいて、国会議員を始め有名無名の論者が責任無責任問わずにあらゆる言説を行った後である。一部マスコミは「守屋前防衛次官に近い山田洋行常務逮捕」に関心が移り、この問題は旬を過ぎた。
 そもそも私は、「小沢氏代表辞任」で、「民主党はひとつのヤマを越えた」と書いている。これは「見当違い」で評論としてはお粗末である。民主党関係者並びに読者の皆様にお詫び申し上げたい。
 「完全無党派」の江田憲司代議士は、「代表辞任」の時点で「民主党に明日はない、志のある、民主党議員の決起を求める」と大見得を切った。中立・高品質の評論を出せる立場にある江田代議士が、2005年総選挙の次の日に「民主主義は死んだ」と大見得を切った「夕刊ゲンダイ」みたいな評論をやったのはかなり印象深かった。
 民主党は貼ってある小沢氏のポスターを剥がさずにすんだ。もっとも衆院選候補者のポスターも目に付く。一方自民党は福田首相の新しいポスターを作った。一部残っていた安倍さんも見納めである。


278.山本孝史参議院議員のご冥福を祈ることについて。
 山本孝史参議院議員が、12月22日に亡くなった。山本議員は「山本たかし 蝸牛のつぶやき」というメールマガジンを発行していた。山本議員による最後の発行が12月9日、そして奥様によって、12月24日に山本議員の死去の報告がメールマガジンによってなされた。
 私が国会議事堂に勤めていた2000年から2002年の間に、山本議員は衆議院選挙に落選し、参議院選挙にて返り咲きを果たした。ある日私が議事堂の倉庫を整理していると、山本議員の衆議院議員時代の質問趣意書が数多く出てきたことを思い出す。福祉厚生関係の質問が多かった。今話題の長妻昭衆議院議員の先駆け的存在だったことが予想される。もしお元気だったら、長妻議員らとともに現在噴出する厚生労働省不祥事追求の先頭に立っていたことだろう。
 メールマガジンを発行する議員先生が、またひとり失われてしまった。非常に残念に思うとともに、心よりご冥福を申し上げたい。
 山本議員がご存命なら別のご意見がおありだろうが、福田首相がC型肝炎訴訟の原告団に対して、全額補償・国の責任の明記を指示した事は、小泉元首相がハンセン病訴訟の控訴断念を決断した以上の「大英断」だったと私は思う。小泉首相は原告勝訴の判決を支持しただけなのに対して、福田首相は原告敗訴の判決を覆したのである。本来なら、内閣支持率が極限まで上昇してもいい状況である。


2007年へ    ホームへ