[PR]テレビ番組表
今夜の番組チェック


201.新聞社の雑誌広告の見出しカットについて。
 2月3日付け日本経済新聞の朝刊をお読みの皆様は、「週刊現代」の広告の右側に黒く塗りつぶされた部分があったのをお気づきだと思う。他紙を見ると、あそこには日本経済新聞社の社長辞任や部長の内部告発に関するスクープ記事の見出しがあった。日本経済新聞社は「当社に関する「週刊現代」の記事は誤っている」という意思を示すために、当該見出しをカットしたのだと思う。
 前には、読売新聞が、「週刊新潮」の読売新聞社に関するスクープ記事の見出しをカットしている。果たして妥当なことだろうか。
 そもそも、あのように思わせぶりに黒く塗りつぶしたら、むしろ好奇心が出てきて当該雑誌を買ってしまう人々が出てきてしまうのではないのだろうか。そういえば、各方面から批判が出た北朝鮮関係の記事を読むために「週刊金曜日」や「週刊朝日」の当該号を買って同誌の売り上げに貢献した人々が多いのではあるまいか。
 で、自社関連スクープ記事見出しはカットして、他の見出しは残すというのはいかがなものか。自社に関するスクープ記事は間違っていて、他の記事は正しいです、とお墨付きを与えたということなのだろうか。相撲協会とか芸能界とかは当該雑誌にスクープ記事を書かれているが、新聞社みたいに自社関係の記事を抹消する機関を持たずに、随分肩身の狭い思いをしているに違いない。


202.一般人には遠い話になったようなイラク情勢について。
 土曜日に中村敦夫氏主催「みどりの会議」のシンポジウムに出席し、日曜日にフジテレビの「EZ!TV」を観て、イラク問題を考えてみる。スコット・リッター氏、アメリカの機密情報について。
 リッター氏はアメリカ人、元査察官、元CIA幹部、元海兵隊員、なのにアメリカのイラク攻撃に反対し、世界中の左翼から珍重されている人である。まあ、とにかく「元」の人で、アメリカ権力中枢の人事世代交代戦争に負けてへそを曲げている、という印象が強い。
 国連安保理でパウエル国務長官が示したアメリカの機密情報に対し、「アメリカは自国情報調査力を知らせたくないために、一部情報を隠している」と分析する識者がいる。まあ、識者は正しいと私は思うが、アメリカは超高度な情報力を余裕で使った挙句にやることは旧式武器を償還させるための武力行使かね、とも思う。どうせなら、映画みたいにスパイが核兵器を破壊したりイラク要人を暗殺したりするために、その高度な技術力を使ったらいいのに。
 アメリカの軍事力が強烈で、石油利権かなんかをめぐって列強が対立している状況で、査察団は形だけのものみたいでかわいそうで、リッター氏のようにへそを曲げる人が出てくる。日本は正直アメリカとイラクと列強の騒ぎを高みの見物、漁夫の利をとればよい。同じく見物組の北朝鮮を超える外交交渉を見せてほしいものである。


203.国会議員の当選回数別の役職について。
 国会議員の国会での役職は、大きな政党では大体決まっている。
 衆議院の場合、閣内では当選1回から2回で政務官、3回から4回で副大臣、5回で大臣。国会では当選2回から理事、3回から5回で委員長である。参議院の場合、閣内では当選1回で政務官、1回4年目から当選2回までで副大臣、当選3回で大臣。国会では当選1回から理事、1回4年目から2回3年目で委員長である。
 となると、国会議事堂内では当選5回までの衆議院議員と当選3回までの参議院議員、いわゆる「ベテランではない国会議員」がいれば事足りるのではないか、という「国会議員削減論」につながりかねない。事実、委員会で質問する議員はほぼ「ベテランでない議員」で占められている。出席のほうは、ベテランかそうでないかに関わらず、出る人は出て、出ない人は出ないという状況である。
 「ベテラン議員」は、国会議事堂の外で、積み重ねた「政治力」を使うのが仕事なのである。「ベテラン議員」は党の部会などでも部会長ではないのだが、一喝とか根回しとか腹芸とかで部会を動かす。同じく国会も動かしてしまうのである。「ベテラン議員」は、世間で注目される懸案を審査する委員会の委員長になったり、力量を見込まれ熱望されて「大物副大臣」になったり、当然「大物大臣」「総理」になったり、野党なら「大物質問者」になるのである。


204.金総書記戦前昭和天皇類似論の是非について。
 歴史特に日本近代政治史を勉強した者として、私は「金正日北朝鮮総書記は戦前期の昭和天皇に立場が似ている」という説を述べさせていただいている。金総書記は聡明ながら、その絶対的な権力を巧妙に部下に使われてしまっている政治家だ、と私は考える。
 例えば、金総書記を讃える北朝鮮総力を挙げての行事、例えば先日の金総書記61歳の誕生日に、金総書記自身は出席しないのが普通である。普通の独裁者なら自らの主張を演説する絶好の機会となる場所に、彼はいないのである。カリスマ性を高めるために本人か部下が判断したか、出られないアクシデントがあったか、あるいは金総書記は自分が神格化されるのをあまり好まなかったかであろう。
 しかし、私の考えは欠陥だらけである。決定的な打撃が、2002年10月19日の読売新聞にあった。日朝首脳会談のとき、金総書記が小泉首相に「(米国と北朝鮮と)どちらが強いか、戦争をやってみないとわからない」と述べた、と日本政府筋が明らかにしたのである。この発言は金総書記が危険な人間であることを証明している。あるいは、金総書記が理論的にアメリカに勝つ方法を知っている、別の意味で危険な存在なのかもしれない可能性も秘めている。
 もっとも小泉首相は、「首脳会談は何を言ったか言わないか、公表されている以外のことは言わないことにしている」と述べている。


205.2月時点での神奈川県知事選挙について。
 いまのところ、立候補を表明しているのは松沢成文氏と吉村成子氏の2人だけである。民主党は個人的に松沢氏を応援すると決めたものの、自民党・公明党・共産党などの主要政党が未だ候補者を決めていない。4月に行われる神奈川県知事選が混迷を増している。
 特に自民党が迷走している。国会議員団と県連が一時分裂する状況は非常に異例である。県連が推す元財務官僚、国会議員団が推す民主党参院議員がいずれも出馬を辞退して、候補者選びがすすまない。今候補者を決めたとしても、神奈川全体の自民党の支持団体を挨拶回りできて、彼らの応援を受けることができるのかどうか。
 「公明党かなあ」と、私は思っている。自民党が迷走している理由である。自民党神奈川県連は、こと選挙に関しては公明党とあまり仲が良くなかった。2000年の総選挙の神奈川6区では、自民党党本部が選挙協力を発動して公明党候補を推したのだが、県連と横浜市連は独自候補を無所属で立てて応援したのであった。
 今年、自民党横浜市連は、神奈川6区に独自候補を擁立しないことを決めた。自民党神奈川の国会議員団は公明党と協力して総選挙を乗り切りたいと考えているようだ。浅尾慶一郎民主党参院議員の擁立も、彼が公明党の協力を得られていることが一因だろう。しかし、県連は未だ公明党としっくりいっていないのではないだろうか。


206.左に右に歩んできた日本を評価してみることについて。
 「もしマッカーサーが最初から日本を西側の一員として保守伝統的な政策をとっていて、当初の民主左派的な政策をとっていなかったら、今の日本はもっと良くなっていただろう」と主張する右派の人々、特に元官僚の人々がいるが、私はこれは不十分だと思う。
 もし、吉田茂とその側近が独裁政治をしなければ、日本は北朝鮮みたいな国になっていただろうし、もし安保改定のときに人々が蜂起して岸信介を失脚させなければ、日本はイラクみたいな国になっていただろう。それが良いか悪いかというのは各人の判断だ。官僚にとっては、北朝鮮やイラクのほうが特権階級になれる。
 今の日本を決めたのは、占領軍と日本国憲法だけではない。左に傾いた日本を直し、右に傾いた日本を直した人々がそれぞれいる。
 日本が北朝鮮やイラクになったら、池田勇人は首相にならず、高度経済成長はなかったし、日本は今とは比較にならない貧しい国として現在に至っていただろう。貧しい国は余裕がないだろうから、日本文化は古い伝統さえ維持できなかったかもしれないし、老人や病人や障害者はとても生き延びることは難しかっただろう。
 だから、豊かな日本の大都市に産まれた私は、現在の日本は良い道を歩んできたと思っている。問題があるとすれば、進歩していく世の中に、ここ10数年日本がついていっていないことだろうか。


207.デモというものは効果があるのだろうか、について。
 世界中でイラク攻撃反対のデモが行われている。アメリカでもベトナム戦争以来の多人数のデモが行われたという。しかし、デモがアメリカやイラクや当該国の指導者を動かすとは考えにくい。
 今のところ、デモが選挙と結びつかないことが、デモの効力を弱らせているのかもしれない。日程的に、当該国に直近の選挙の予定がない。もし選挙があれば、デモに参加した人々が野党に投票することで政権交代が起こる可能性があるわけで、当該国がデモを重要視する理由になりうる。しかし、いくら世界的な大規模デモでも、それを眺めている一般人のほうが圧倒的に数が多く、彼らが選挙の決定権を握る。デモはなかなか一般人に波及しない。そこまで関わることでもないだろう、というのが一般人の認識であろう。
 むしろデモは、あわよくばテロをやるというくらいの命がけでやったほうが、小規模でも成功していることが多い。陸軍の寺内正毅首相を退陣させ、大正デモクラシーを導いた米騒動や、岸首相を退陣させた安保改定反対デモのほうが、デモの目標を達成している。デモ本体は、一般人の総意で鎮圧される運命にあるのだが。
 一般人を巻き込むか、テロをやる覚悟でやるかしないと、デモの効力はない。中途半端なデモは自己満足と中途半端な報道効果しかない。デモの報道を見ても、私はやりきれない思いをする。


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