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今夜の番組チェック


183.票も金も持たない人々の悲惨なる逆襲について。
 10月25日に暗殺された石井紘基衆議院議員は、巨悪を相手にする正義の議員であった。そして、善悪の程度に関わらず、小さい人々は相手にしない議員であった。ここでいう「小さい人々」とは、票と金を持たずに、意見や要望だけを述べる人々のことである。
 私は故石井議員の講演会に出たことがある。その後に質問をするために石井事務所に問い合わせたところ、「代議士は多忙なので、後に電話します」と断られ、結局後の電話は来なかった。
 石井紘基議員を殺した右翼男性は、もしかすると巨悪の手先かもしれない。しかし、彼は私と同じく故石井議員に相手にされなかった「小さい人々」の一人だったのではないか、と私は思う。
 故石井議員に限らず、全ての議員は票と金を持たない人々は相手にしない。全ての議員は、どんな良い意見や必要切実な要望でも、票と金を持たない人々の意見や要望を聞く耳を持たない。
 多数決の民主主義だから当たり前ではないか。そうである。しかし、票と金を持たない人々こそ、議員の助けが必要なのではないか。
 そして、議員に相手にされなかった「小さい人々」が、議員を暗殺した。「小さい人々」にとって、これが最大効果が期待できる自己表現の方法だったのだろう。テロや誘拐を起こせば、「小さい人々」でも効果的な自己表現ができるのだ。そういう世の中である。
 


184.モスクワの劇場占拠事件の衝撃的解決について。
 モスクワの劇場占拠事件の正確な報道がされていないという。人質の総数は約700人から約1000人まで流動的。犠牲者も約66人から約130人まであるという。とにかく、この事件で、多くの人々は命を失ったが、もっと多くの人々はとにかく救出された。
 この事件に対する政府の対応が、多くの人々を救出したから成功だった、というのと、少なからぬ人々を死なせてしまったから失敗だった、と異なる評価が下せる。救出された人々の関係者は「成功だった」と言い張って譲らず、亡くなった人々の関係者は「失敗だった」と言い張って譲らないと考えられる。傍観者は両論表記で無難に評論できるが、当事者にとってはそんな評論は意味がない。
 日本では北朝鮮に拉致された数人の安否をめぐって国を挙げて連日沸きに沸いている。そこへ今回のような事件があったら、日本はどうなってしまうのだろうか。この事件や、石井紘基議員刺殺事件など、実際に人が異常な状態で死亡した事件が詳しく報道されていない。日本人の死生観はどうなっているのだろうかと心配になる。
 日本は平和ボケである、という人々がいるが、おそらく本当なのだろう。経済危機だ、失業だというが、よその国では明日の命が保障されない人々がたくさんいる、ということには愕然とさせられる。だからといって、平和な日本を放棄する気にはなれないのである。


185.小泉首相と三木首相とを比べてみることについて。
 小泉首相をめぐる政治状況は、1972年12月からほぼ2年間続いた三木武夫首相をめぐるそれに似ている、といわれている。
 小泉首相やそのスタッフの言動が与党3党の反発を受けるという構図が、ロッキード事件後の「三木降ろし」と呼ばれる、三木首相と自民党が真っ向から対決した構図と、かなり似ているのである。
 三木首相はロッキード事件に象徴される汚れた政界を浄化させるため、野党を巻き込んだ政界再編を引き起こす解散を行おうと画策したが、自民党の首相辞任要求からの防戦に追われて思うに任せず、本人も自民党を壊すことに最後にはためらって解散をすることができなかった。任期満了後の総選挙で自民党は議席を減らし、三木首相は自民党の総裁としての敗戦の責任を取って首相を辞任した。
 首相側に国民的人気があること、政界再編の受け皿になりえる野党(当時は公明党・民社党)があること、首相が自民党を壊そうと唱えていて、しかも実行は不可能そうなこと、などの点は似ている。
 双方とも前政権の尻拭いを期待されたが、三木首相は指名で首相になり、小泉首相は選挙で首相になった。だから小泉首相の方が政権基盤は強いのかもしれない。三木首相に対抗する自民党には福田赳夫・大平正芳という首相候補がいたが、今の与党3党には軸となる首相候補がいない。小泉首相は三木首相よりはまだ余裕があるか。


186.独立行政法人国会である今臨時国会について。
 今現在開会中の第155回国会(臨時会)は、もうすでに内閣提出法案だけでも70を超える法案が提出されている。そのほとんどは21日に提出されたもので、「独立行政法人〜法案」という、特殊法人を独立行政法人に改組するために必要な法案である。
 これらの独立行政法人関連法案を審議するために、国会は新たに「独立行政法人に関する特別委員会」を設置した。この特別委員会の11月12日の審議の模様はNHKにてテレビ中継された。
 今回の国会は「独立行政法人国会」といえる。特殊法人とその後継にあたる独立行政法人は、例えば税金の無駄遣い、例えば官僚の天下りの温床、と指摘されている。特殊法人改革は行財政改革の大きな柱であり、この国会での独立行政法人に対する審議は重要だ。
 とはいっても、実際の法案は独立行政法人の目的などを抽象的に述べた短いものであって、一般人にはこれの意味するところはよくわからない。これらの法案に関する善悪含め様々な情報が、国会審議の場でより多くわかりやすく公開されるべきである。
 前通常国会で継続審議になった有事法制や人権擁護法案の方向性が見えない。補正予算も組むか組まないかはっきりしない。こういうことの是非も国会の場で公開議論をすべきであろう。報道に話題を提供するために内々で相談する種類の物事ではないのである。


187.作者読者のニュースソースについて。
 私が見聞している新聞・雑誌・報道番組などの紹介をしてみる。
 新聞は神奈川新聞、日本経済新聞朝刊、それと読売新聞朝刊(親戚が購読しているので、読めるのは1日後)の3紙を読んでいる。他の新聞は読んでいない。朝日新聞は神奈川新聞で代用している。後はインターネットで主要5紙と時事通信のニュースを調べている。
 週刊誌は吊り下げや新聞広告に載っているダイジェスト以外は読まない。月刊誌は2週間に1度図書館に行って読みたい記事をコピーしている。対象誌は「選択」「中央公論」「論座」「現代」。たまに「Voice」「文芸春秋」「世界」「潮」などもチェックする。
 報道番組はNHKニュースとテレビ東京の「ワールドビジネスサテライト」以外見ない。NHKニュースはラジオでも「見えるラジオ」でも重宝している。「ニュースステーション」も「ニュース23」も「朝生」も日曜朝の政治報道番組も、なぜか一切見ない。
 メールマガジンは政治家の先生がたの発行しているものを中心に購読している。インターネットではなんといってもかの有名な掲示板「2ちゃんねる」の「議員・選挙板」を重宝している。
 やはり、政治勉強会などで人々から教わった情報がかなり重要になってくる。次の政治勉強会の場所日程やメルマガのネタや、かなりの政治関係の重要情報は人々から直接教わったものである。


188.過剰する北朝鮮報道に一石を投ずることについて。
 ここ数週間、報道で北朝鮮並びに北朝鮮拉致被害者やその家族の関係のニュースが途切れたことがない。報道過剰ではないだろうか。そのほかの大事なニュースの枠が侵食されていないだろうか。
 キム・ヘギョンさんのインタビューを報じた朝日新聞・毎日新聞・フジテレビや曽我さんの北朝鮮にいる家族を取材した週刊金曜日が、「北朝鮮の謀略に加担するものだ」と、人々や他の報道から散々に批判されていると聞く。正直、先週の土曜日深夜に放送された、北朝鮮のマスゲームや子供向け番組の紹介して、北朝鮮の子供達の能力の高さを印象づけた番組のほうが余程かの国の謀略放送に見えた。
 過剰な日本の北朝鮮報道。それはまた多分に自国本位であり、第三国が納得する客観性があまりない。この報道にまともに付き合っていると、今すぐ北朝鮮懲らしめるべし、戦争をすべし、という正義感や切羽詰った思いを持つ。思いだけが強くて、しかし行動できることは具体的になくて、いらいらしている一般人が大部分だ。
 例えば、韓国の情勢。北朝鮮と休戦状態のまま事態を静観している。北朝鮮に対する嫌悪感も一定である。アメリカは「核武装疑惑」のイラクを「核武装確信犯」の北朝鮮より重罪との判決を下す。「今の北朝鮮は昔の日本に酷似」とか思っている第三国もあるだろう。日本の報道姿勢に「脅威」を見出す国際勢力もあるはずだ。


189.今臨時国会の委員会審議の空洞化について。
 読売新聞11月26日朝刊に「国会崩壊」という記事が出ている。今国会は、議員の委員会の出席率が極めて低く、私語や途中退室が極めて多い、まるで国会で「学級崩壊」が起こったようである、と記事にある。採決に必要な定足数を満たさずに委員会が動かなくなって、あわてて与党が代理出席要員を出した委員会もあったという。
 別のソースで読んだが、また今国会は陳情が極めて多いという。地方公共団体の首長や議員や有力者が議員会館に参集して予算を是非うちにと国会議員にお願いしているという。予算のうち地方に廻る分が少なくなるので、地方の人々も必死になっているのだろう。
 だから、国会議員は陳情の応対に忙しい、従って国会審議に出席する暇がない、という図式である。国会議事堂にいた私としては、国会議員の本分は委員会審議だと思っているので、残念である。
 本当は陳情の応対なんかは敏腕秘書が片付ける仕事のはずだが、統一地方選挙も近いし、「是非先生に直々にお願いしたい、他人が介在する話ではない」とお願いする側が力みかえるのは理解できる。実は解散総選挙も遠くない話で、国会議員も地元の票田管理人たちと親密になっておきたいという目論みはあるのであろう。
 まあ理由はあれど、国会審議の空洞化は残念である。国会職員さんが無駄な仕事をしているようで、非常にかわいそうである。


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