145.素人の目から見た内閣提出法案について。
3月になって、私の国会議事堂勤務も残り1ヶ月となった。ひとつでも多く議事堂での見聞を得たいものだが、花粉症と風邪と宿病の自律神経失調症がやってきて、3月4日5日と欠勤してしまった。
4月からの就職先が決まってなくて、病気で寝ていると本当に弱気になる。評論家的な気持ちでメルマガを書く余裕もなくなって、「弱者に政治の手を差し伸べよ!」と純粋に思ってしまう。
さて、政局は鈴木宗男議員を中心に動いているが、国会では衆議院予算委員会が予算を審議し、法案審議も始まっている。予算委員会の分科会では、外務・厚生労働・農林水産など、予算案の各項目を細かく審議できるのに、これを野党が欠席するとは残念である。
3月末頃には法案約100本、条約14本が出揃う。中には、「情報公開・個人情報保護審査会設置法案」という論議を呼びそうな法案、「健康増進法案」という「なんじゃこりゃ」な法案もある。
どうも内閣提出法案は、細かい法律の意味を少し変えるために、法律全編にわたり「どこをどう改め、ここをこう改め」とやたら長くなる。何百ページにわたる法案の要旨が2〜3行だったりして、なんだか拍子抜けする。これに政令省令告示が加わって、法律は無限に難しいものになり、国民はおろか法律専門の議員さえ手に届かなくなり、官僚専制政治の温床になってしまうのは困ったものだ。
146.一応鈴木宗男氏証人喚問の状況について。
質問者が疑惑を追及し、鈴木宗男議員がそれを否定する。9月11日午前中の証人喚問はこれの連続だったようだ。私のいる部屋の国会職員さんも「これでは駄目だ」と言っていたが、この中継を見ていた多くの皆さんもそう思っていたのではないだろうか。
10時・11時ちょうどのなぜか定時に、右翼の凱旋車が大音声で騒ぎ立てている。何を言っているのかわからないが、「鈴木宗男大先生がぁ」と聞こえる。励ましているのか褒め殺しているのか。
仕事があったので全てを観ることはできなかったが、辻元清美議員の所は観た。辻元議員は鈴木議員を怒らせるために10分間まくしたてて、結局目的を達成したみたいである。さすがに激昂した鈴木議員は怖かった。しかし最後のところは、答弁中に野次を入れる辻元議員がマナー違反ならば、質問者に逆質問を試みる鈴木議員はルール違反で、双方の違反をたしなめない津島予算委員長は職責を全うしていない。随分みっともない国会風景が出てしまったものだ。
皆様は観ていないと思うが、この後の午後に参議院で予算委員会があって、今度は民主党の議員が外務大臣や外務官僚に「恫喝」する羽目に陥った。質問が練れていなく、答弁準備ができていなかったのだろうが、質問と答弁がまったくかみ合わない。しかも答弁者は涼しい顔で答弁中。恫喝したくなるのも少しは理解できるか。
147.長い長い予算委員会について。
通常国会が始まってから、連日予算委員会が行われている。予算案が衆議院から参議院に送られて成立するまで、予算委員会は続く。
予算委員会は大体9時に始まる。質問者と質問時間が決まっているので、終わるのは大体17時と決まっているが、答弁時間が長くなったり委員会が紛糾したりするとどうなるかわからなくなる。
私達は議事堂のテレビモニターから予算委員会の中継を見ることができる。観ていると、予算委員会って大変なものだなあ、と思う。
閣僚を観ると、ものすごく忙しい人とものすごく暇な人がいる。全閣僚が出席する総括質問で、1日中いて1回も質問が来ないかたがいれば、今回の川口外務大臣のように、連日何十回も答弁に立つ激務をやっているかたもいる。現閣僚の一人に「質問攻めに遭うのと、質問が来ないのと、どっちが大変ですか」と聴いたことがあるが、「質問が来ないほうが大変だ」とおっしゃっていた。
委員長はかなり大変で、一日中質問者答弁者の名前を連呼していなければならない。13日の参議院予算委員会、共産党の小泉親司議員が質問していた。すると、真鍋賢二予算委員長が「小泉純一郎君」と呼んでしまって、会場も私達の部屋も爆笑に包まれた。私なんかは居眠りしていたがそれで起きた。実際中座したり寝たりしないで予算委員会につきあうことは、常人にはなかなかきつい。
148.横浜市長選挙を横目につれづれ書くことについて。
私は、大学在学中から年齢制限を越えるまで計6回、横浜市職員採用試験を受験して、1次筆記試験は毎回合格したが、最初の面接試験でことごとく落とされた。今度の横浜市長選挙で、市職員試験の年齢制限を撤廃してくれる候補者がいたら投票したい気持ちであるが、それだけの要因で投票行動を決定するのはどうかとも思う。
市職員は市政に対する権力を持つ。条例制定も市職員の領域だ。彼らは市議会議員の多くを利権を与えて操ることができる。しかも、市職員は市民が選任罷免することがほとんど不可能である。 市長は市職員の長であるが、市職員と市政の全てを統率する能力を保つことはなかなか難しい。市長を選挙することで市民は市政を行うことになっているが、あまりにも建前に過ぎない論理である。
市長だけではなく、助役や局長クラスまで政治任用か、選挙で選べるようになれば少しは良くなるのだが、今度は選挙をする市民に荷が勝ちすぎる。私みたいなフリーターで住民税も払っていない人間が、市職員になりたい一心でエゴ投票をやるとそれは市に対する責任のない「死票」である。市政に対する全般的知見を持った上で、責任のある投票を行わなければいけない。これは難しい。
そして、市民が投票に必要なものを身につけるために、地方政治家が「民主主義の学校」の先生をやればいいな、と思う。
149.勤務地としての国会議事堂を去ることについて。
国会議事堂の前庭の木々には色とりどりの花が咲いている。つくしはまだ姿を見せず、雨が降るとまだまだ寒いが、花粉症も峠を越し、いよいよ春になった。そろそろ年度が変わり、4月になる。
しょっちゅうテレビに出て、見学に訪れる人々がいて、日本の歴史にも登場する国会議事堂で、私は2年間仕事をしてきた。「現場にいる」という気持ちで、わくわくしながら赤じゅうたんを歩いた。
3月29日を最後に、私は議事堂を去る。辻元清美氏と同じ時期になった。議事堂を遠くから眺める本当の一般人になる。もったいない、ほんとに惜しい気がする。ずっとここで働いていたかった。
議事堂で働いていると有名な議員さん達に会ったり、政治的コネができるのではないか、と思っている方々もおられるかもしれないが、そういうものとは無縁だった。華やかな舞台とは無縁のところで、国会を運営するための一連の仕事の一部を地味に続けていた。
法案や会議録や質問答弁書などの国会内文書を扱い、国会のスケジュールに従って動くことによって、政治の中枢である法律に接することができ、国会内での議員の仕事内容を把握することができた。民主主義の担い手である国民として、得がたい経験をしたと思う。
議事堂から離れることで、政治が私から遠ざかるのは避けられない。地味でルーチンワーク、しかし必要不可欠な政治だった。