
138.第154回国会の2月に入ってからの展望について。
第154回国会がはじまって、2月になったところでようやく首相施政方針演説をはじめとする政府4演説が行われた。波乱の幕開けとなった今国会の最初の10日は、今年度の第2次補正予算審議に費やされた。この補正予算は前国会を延長して審議することができたはずなのだが、それをせずに今頃「1日も早い予算成立を」と言われるとなんとも言いがたい。ともかく、今国会のメインである来年度予算や関連法案及びその他の懸案事項の審議は、ひとつを除いてまったく進んでおらず、委員会自体が開かれていない。
ただし、これからは順調に審議が進むと思われる。各委員長も手綱を締めて、そう簡単に委員会を止めたりはせずに粛々と議事進行を行うだろう。野党も多数決の壁と「国民生活のための予算審議をさぼった」という批判に阻まれ、これ以上の抵抗は無理であろう。
むしろ、あり得るのは民主党の分裂かもしれない。小泉改革に憧れ、政策立案をやりたい民主党の参議院議員が8人以上、民主党を離党して与党と政策合意を結ぶ新党を作ることが考えられる。参議院議員が8人以上与党に加わると、自民党は公明党抜きで衆参の過半数を維持できるのである。解散をしないとすれば学会票はあてにしなくてもいいし、公明党とは選挙制度問題などで何かと面倒というわけで、小泉首相お好みのメニューだと思われるのだが。
139.狂牛病のあれこれについて。
狂牛病問題が表面化した後も、私は牛肉を食べている。私の家では、生鮮食品は生協の一種である「デポー」という店から、信頼のおける生産者の製品を買っているのだそうだ。外でもマクドナルド等では牛肉を食べるが、国会内では牛肉を食べることはなくなった。食堂のメニューに牛肉を使ったものがなくなっているのである。
私の認識では、牛の脳みそ・骨髄などを除いた普通の部分はまあ危険ではないと思っている。もう随分牛肉を食べているので、いつクロイツフェルト・ヤコブ病になっても仕方ないな、とも思う。
雪印が何年も前から牛肉の産地を偽っていたというということで、なんだか何も信用できなくて、力が抜けていくような感じである。もう牛肉を食べない、ということではない。どんな食べ物でも信用ができないということなのだから。遺伝子組み換え食品問題や「食べてはいけない」食品問題、食に関する問題は尽きることがない。
厚生省・農林水産省といったところは、食品の危険性を事前に知りつつ見逃したという疑いがもたれている。両省の主な仕事は補助金配りで、食品の危険性を未然に防ぐ仕事の部署は人員が少なく仕事は多く、充分な対応ができなかった、という話も聞く。所轄大臣は辞任している場合ではない。彼らには政治任用の権力を生かして、省庁の業務内容や人員配分等をを改革してくれないと困るのである。
140.冬季オリンピック開会直後のあれこれについて。
ソルトレークシティー冬季オリンピックが始まった。私としては、「唐突に始まったなあ」といった感じである。始まる前にあまり盛り上がらなかったからであろう。それでも、2月いっぱい、マスコミや世間はオリンピックを優先的に話題にしていくのだろう。
口の悪い報道が「メダルひとつ期待できない日本選手団を大金をはたいて派遣するとは何事か」と酷評された日本勢だが、早速女子モーグルで里谷多英選手が銅メダルを獲得して健在ぶりを見せた。
アメリカ同時多発テロの後のアメリカ開催のオリンピックなだけに、開会式は象徴的なものになり、新聞の政治欄にまで開会式の話題が掲載されていた。ブッシュ大統領の演説が、オリンピックに政治的なものを持ち込んだのではないかと論議を呼んだらしい。
オリンピックが始まる前に盛り上がらなかったのは、政局のほうがマスコミ的に面白かったからであろう。政治的には、これから平成14年度予算の本格的審議が始まるわけだが、政局が絡まない限り、政治がオリンピックよりマスコミ的な関心を呼ぶことはないかもしれない。もっとも、時差があるから報道しにくいし、日本勢が振るわないとなるとオリンピックも飽きられるかもしれない。
常識では予算審議中に解散はない。しかし、医療保険や道路公団問題などで与党内が対立している。政治を見逃すわけには行かない。
141.超少数派的日本外交防衛体制の考察について。
昨年12月に日本近海で海上保安庁の巡視船と「戦闘」を行った不審船の国籍が北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)らしいこと、北朝鮮は先に日本近海にテポドンミサイルらしきものを打ち込んだことなどから、北朝鮮に対する日本の防衛問題が論議されている。
日本の外交防衛体制や人的質的能力が拙く、北朝鮮に軽く見られているのではないか、という論議が目立つ。北朝鮮の「軍事行動」に対する対応が遅かったこと対北朝鮮の外交が弱腰で、日本は騙し取られているばかりであること、などが事例としてあげられる。
なぜか、多くの日本人は日本の外交防衛体制を卑下する。「評価したいのは山々だが、日本の外交防衛体制の駄目さ加減が事実としてどんどん出てくるのだから仕方がない」という考え方が多い。
しかし、その「事実」は、ほとんどは報道による伝聞である。
見方を変えれば、日本の外交防衛体制は、自分は脆弱であるといつわって報道をだまして相手国を油断させ、有事の際は余裕綽々の敵を一気につぶそうと目論んでいるとも考えられる。そうだとしたら日本の外交防衛体制は随分ずる賢く、頼もしいものである。
こんなことを述べると、大体の人々が「その考えはばかばかしい。あの外務省がそんなに賢いか」と一笑に付す。「あの外務省」が、踊らされた報道の作った虚像かもしれない、ということを考えずに。
142.雪深い信州路を行くことについて。
16日17日と、長野県の蓼科高原へスキーをやりに行った。中央自動車道の諏訪南インターチェンジから長野県原村、茅野市、立科町と車で通って蓼科高原に向かう。生まれたときから神奈川県横浜市に住み、横浜市や東京23区内の学校や職場に行った根っからの都会人の私としては、こんなときしか地方を訪れる機会がない。
インターチェンジからスキー場までの道の周りには観光客目当てのおみやげ屋やレジャー施設などが多く、地元の人々が生活しているといった感じが少なかった。当然のように雪は深く積もっていて、土日だからだろうか、歩いている人々はほとんどいなかった。
こういうところでは移動手段として自家用車は必須である。もし消費税が上がって車が買えなくなったらここの人々はものすごく苦労するだろう。私は地方のことを考えずに思慮なくコラムを書いたことを後悔した。都会人の私からすると、ここでは生活用品はともかく趣味・娯楽用品は満足に入手できるのだろうかと心配になる。
農協のコンビニとか、何とか組合の倉庫とか、公的機関の関係する建物が目立つ。原村にはケーブルテレビ局がある。あたり一面が雪で覆われているので、いまいち町の様子がつかめない。
ここに暮らしている人々は楽しんでいるのか、苦労しているのかがよくわからなったのが、コラムを書く私としては残念だった。
143.なぜか波乱含みの予算委員会について。
衆議院予算委員会は連日行われている。原則として、予算委員会には全閣僚が出席するので、予算委員会と同時に他の委員会が行われることはない。予算委員会では予算審議を行い、外務省不祥事は外務委員会で、狂牛病・雪印問題は農林水産委員会か厚生労働委員会で審議するべきだという意見もある。しかし、予算審議が最優先になるように議院運営委員会で日程が決まり、議院運営委員会は与党が抑えているので、野党は苦しい立場にあるといえる。
さて、いつもなら粛々と与党ペースで日程を消化されてしまう予算委員会であるが、今年は外務省不祥事を与党がさばききれず、冒頭の平成13年度第2次補正予算審議のときから波乱含みの展開になっている。20日の田中・鈴木両議員の参考人招致に続き、28日にはピースウインズ・ジャパンの大西健丞氏の参考人招致が行われることになった。公聴会が27・28日に行われることが決定し、与野党が予算案成立日程において合意があったと思ったが、野党側は鈴木宗男議員の証人喚問を要求し、与党側は鈴木氏の身柄と引き換えに予算案を通そうというぎりぎりの選択をするかもしれない。
しかし、本来議会は税金の使い道をチェックし、妥当でないところは修正するところであるから、予算委員会では予算案のどこを増額、どこを減額という基本的な細かい議論をやってほしいと思う。
144.あえて日本の経営者に苦言することについて。
日本の不景気や不良債権などの経済問題は、いわゆる「経営者」の失敗が原因で起こったように私には思える。中小企業の経営者は事業に失敗して破産する、大企業の経営者は儲けるために法律に抵触する不道徳なことを行う。日本の経営者は誤った前提をもとにしてリーダーシップを発揮し、失敗しても全責任をとることはない。
しかも、いわゆる「経営者不況」の後始末を、雇われの身の一般人がやらなければならないことになっている。銀行の経営者に渡される公的資金は人々の税金である。公的資金が企業が払う法人税などであてられるのなら文句はないが。しかも、今現在春闘の時期、経営者側が不況を盾にして労働者の権利を剥奪しようとしている。
「ワークシェアリング」という労働形式は、労働者にとってはメリットのあるものなのだが、経営者側の反対でなかなか実現しない。
経営者は、そこらの政治家よりも政治に関与している。日本経済新聞などで経営者の論理を鼓吹し、「経団連」などの圧力団体を作っている。そして、経営者は会社の努力の結晶である売上金を、独断で政治献金として政治家を飼いならすために費やしている。
経営者も忙しくて苦しい生活を送っているのだろう。ほかの人々も社会の中で多少なりとも経営者の役割を担っている。逆に、経営者が経営者以外の立場を認識することが必要なのではないか。