
124.皇太子妃女児ご出産のあれこれについて。
12月1日午後に皇太子妃雅子さまは女の子を出産された。雅子さま並びに関係者の皆様に、お疲れさまでしたと申し上げたい。
しかし個人的には、「生まれたのは女の子」ということにかなりびっくりした。というのは「まず間違いなく男の子が産まれるだろう」と思っていたからである。実は、議事堂内の噂ではそういうことになっていたし、政府の動きもそれを裏付けていたふしがある。
11月28日の日経朝刊にこうある。「政府首脳は27日、女性の皇位継承などを認めるため皇室制度の基本法である皇室典範を改正する可能性について『必要ない』と否定した」。「政府首脳」は、官房長官だと思うが、この人は暗に「お生まれになるお子さまは皇太子になる」ことを世の中に伝えたかったのではないだろうか。
今は医学技術の進歩により、出産前から産まれる子供の性別がわかるし、ましてや出産日も調整できるという。しかし、雅子さまのご出産は、性別では意外なことになったし、出産日でも細かいエピソードを産んだ。出産祝いのため参賀を希望する方々は、ご出産が午後の場合、翌日の午前中に受け付けられる、と決まってあった。つまり、参賀は日曜日になったのだ。議員さんは選挙区に帰る予定が、関係職員さんは休む予定が、見事に吹っ飛んだ形となる。
次の1週間はご祝儀で、平穏に国会は終局するのではないか。
125.過小評価できないオサマ・ビン・ラディン氏について。
今回のアメリカ同時多発テロの実行者達は数年前からアメリカ社会に入り込み、旅客機による自爆テロのために飛行機の操縦訓練を受けていたという。彼らの自己を犠牲にして信仰を貫く精神力やアメリカ社会を手玉にとった能力は、善悪は別にして、かなり高度なレベルにあると思う。また、彼らを育てて、長年に渡るテロ計画を遂行したとされるテロ組織「アル・カイダ」は、善悪は別として、もっとも実行力のある組織として後世に伝えられるのではないか。
この「アル・カイダ」は、以前にもアメリカを目的としたテロを遂行し、指導者オサマ・ビン・ラディン氏はアメリカの度重なる反撃から逃れたとされる。一連の情報が真実なら、オサマ・ビン・ラディン氏は相当有能で理性的な戦略家であると言えよう。
その彼が、アメリカ同時多発テロにより、アメリカが最新ミサイルから特殊暗殺部隊までを導入して反撃してくることは、予測しているだろう。「アル・カイダ」や彼を保護するアフガニスタンのタリバン政権がアメリカによって崩壊されるということも、冷静に想定しているはずだ。だから、オサマ・ビン・ラディン氏が、早晩アメリカに捕らえられたり殺されたりするという見方は、どうも危うい。彼はアフガニスタンから逃亡して、アメリカ的なものを自分もろとも完全に滅亡させる作戦を、実行しはじめているのではないか。
126.メールマガジン発行議員同士の対決について。
11月7日に衆議院で外務委員会(会議録2号)が行われて、そこで質疑を行った細野豪志議員(民主党)と、出席していた河野太郎議員(自民党)が、それぞれこの日の委員会に関するメールマガジンを出している。細野議員は、外務大臣が、いわゆる「指輪問題」でイラン外相との会談に遅刻したことについて主に質疑を行った。
河野議員は、「外交政策に関する質問が野党から出てこないのはどういう訳か」「民主党の若手の細野代議士まで、指輪、内奏...。挙げ句の果てにはイランの外相とイラクの外相を取り違える有様。」と、手厳しい。細野議員は、「河野太郎議員などの野次を気にしすぎたのも失敗でした。」と、手厳しさでは負けていない。
細野議員の質疑の一番最初、「午前中の与党の皆さんの非常に政策本位の含蓄ある御質問、打って変わりまして午後の野党の質問……(発言する者あり)それをやりたいのはごもっともではございますけれども、」というところが河野議員と細野議員の微妙な立場を思わせる。田中外務大臣の行動は「外交問題」なのか。両議員ならずとも、人々の間で意見が一致しない、難しいところである。
お二方のメールマガジンと会議録を読んでいただきたい。ひたむきな国会議員の思想と行動の一環がわかりわすく表現されている。
127.この人々は反逆者かどうかについて。
12月15日は赤穂浪士討ち入りの日だが、今年はアメリカ同時多発テロとのかね合いで、取り上げるのが難しかっただろう。江戸幕府は、赤穂浪士の行為を「脱法行為」として、彼らの助命を嘆願する世論を押し切って、彼らを切腹に処した。時の政府の作った法を犯して、世間に受容されている正義を貫いた「赤穂義士」と、今回のアメリカ同時多発テロの実行者達とが微妙に重なるのだろうか。
江戸幕府初期の「島原の乱」を日本史で習ったとき、どちらかというと天草四郎が善人で、キリスト教を弾圧した江戸幕府が悪いやつらだという感じがあった。当時は当然キリスト教は危険思想で、天草四郎は天下を揺るがす大悪人として扱われていたはずである。
伊藤博文を暗殺した安重根という韓国人は、韓国でも北朝鮮でも英雄扱いである。まあもっとも、伊藤博文も倒幕時代は暗殺を含む悪いことをやっていたという話がある。ともかく、日韓双方、殺人者を英雄扱いするのはやめておいたほうがいいのかもしれない。
5.15事件で犬養毅首相を暗殺した海軍将校に、助命嘆願書がおよそ100万通来たという。今では犬養首相は「話せばわかる」の良い人扱いだが、当時は汚職や金権主義で腐敗した2大政党の象徴として嫌われていた。犬養氏自身は請われて政友会の総裁・首相になった人で、政党腐敗の象徴として殺されたくはなかっただろう。
128.環境問題にあえて反発することについて。
人々は環境問題の解決は必要だと思うが、なかなか環境を守る行動を起こせない。それはなぜか、を考える必要がある。
私は、環境問題をやっている人々を、新興宗教の布教者みたいなものだと思っている。あと何年で地球は破壊される。これをやらないと。さあやりなさい。という環境問題のテーマ設定が、新興宗教と似ている。何であなたがただけ将来の予測ができるんだ、何の権限で私に命令する、というある種の嫉妬が、彼らを遠ざける。
私の名誉にかけて、たとえ環境問題を考慮して行動するとしても、環境問題をやっている人々の主張に従ったという形をとらず、自発的にやったことにしている。ペットボトル専用のゴミ入れ口のないゴミ箱にペットボトルを捨てるときには、「カン・ビン」のゴミ入れ口に捨てて、「リサイクルしてくれ、という意味だ」と勝手に解釈している。環境を考えた商品を買うときも、「環境を考えた」以外のセールスポイントで他の商品より優れていなければ、買わない。
環境問題への対処は人間の自由を束縛するものだ。やり過ぎはいけないし、他者による強制も好ましくない。環境問題をやっている人々から知識を盗み取り、自分で自分の自由を規制することが望ましい。彼らの恩に報いることができないが、見返りを要求する彼らは、見返りを要求する宗教布教者と同じように意味がない。
129.我がいとしの抵抗勢力(?)について。
フリーター風情は耳ざわりのよい政治改革しか知らんだろうと思ったら、新しく買ったノートパソコンが別の政治を教えてくれた。
新しいパソコンの目的は、「家以外のところでインターネットや電子メールの閲覧、ホームページやメールマガジンの作成を行うため」というものだった。この目的に合致した、本体のみ12万円弱のものを買った。デフレかなんかで、パソコンも少々安くなってきたようだ。それでも私の月給の3分の2にあたる出費である。
しかし、私のパソコンに関する知識と情報が足らなかった。パソコン本体だけでは上記の目的に達しないことが判明して、周辺機器などを買い足して、パソコン関係の消費は20万円に達するくらいになった。中には、最初の設定で1回だけ使って、あとはまず使わないものも含まれていて、ずいぶん無駄な出費をしたと思った。
私の新しいパソコンは、「地方の公共事業」のようなものだったのかもしれない。私にとって残酷だが、目的対費用の点で私のノートパソコンは無駄にあたる、と構造改革派の人々は言うだろう。私は、目的を達成するためにはこの出費は仕方なく、これからの出費も仕方がない、と彼らに抵抗するだろう。今となっては、地方の公共事業を守る抵抗勢力の気持ちがよくわかる。私としては、パソコンを使うことによる効果を高くすることで事態を打開したい。